ナワポン・タムロンラタナリットの音楽遍歴と映画音楽

    「僕は、タイ映画にもっと多様な音楽を使ってほしいと思ってるんだ」

    今回のインタビューの冒頭で、トゥーことナワポン・タムロンラタナリット(Nawapol Thamrongrattanarit)はこのように言った。

    ご存知のように、トゥーは思想家、作家、映画脚本家など多様な顔を持つ。しかし、もっとも重要なのは、映画監督としての顔である。そして、彼は監督として自分の作った映画作品について数多くのインタビューを受けてきたということも忘れてはいけない(Googleで検索してみれば、その数の多さがわかる)。

    このインタビューでは、この映画監督の音楽リスナーとしての側面に焦点をあてる。トゥーの映画制作に大きな影響を与えているもののひとつに、彼の聞いてきた音楽があると言っても過言ではないだろう。

    このインタビューの記録には、タイそして海外の作曲家、映画監督、アーティストの名前が、主要な人物からインディーズにいたるまで多く登場するので、映画愛好家、音楽愛好家などオタク的な人でなければ目眩がするかもしれない。

    しかし、今まで知らなかったことを知るのが好きな人で、特に、『36のシーン』(36)から『ダイ・トゥモロー』(Die Tomorrow)まで全作品を見るほどのトゥーの映画ファンなら、このインタビュー記事を読めば、トゥーの映画に潜んでいる深みがよりはっきりと理解できるにちがいない。トゥー自身が昔、他の映画監督の作品の深みを理解してきたのと同じように。

    以下は、トゥーの音楽遍歴、そしてそれが彼の映画音楽に与えてきた影響についてのインタビューである。

    さて、準備はいいだろうか。まずはこの質問からいこう。

トゥーさんの音楽遍歴のルーツはどこにありますか?

    もし、僕がどんな音楽を聞いて育ったかという意味なら、中国音楽かな。なぜなら両親は中国音楽を歌ったり、作曲したりしてたから。僕の母は、アルバムを出せるほどではないけど歌の才能がある。以前、ストリングコンボバンドを結成してたみたいだよ。父は楽器が弾けて、母は歌を歌える。それで、常に音楽に囲まれて育ってきたって感じ。ただ、僕が好きなジャンルの歌とは違ったってだけ。いずれにしても、そういう環境で育ったら、自然と何らかの形で音楽を聞くようになるだろうね。雰囲気的にも子どもの才能を伸ばすような家庭だったし、例えば息子が歌を歌えたら、両親は普通以上に喜んでくれる、そんな家庭だったな。

    僕自身、周りのみんなと同じように、RSやグラミーといった手軽に聞けるレーベルの歌を聞いて育ったんだけれど、周りとちょっと違ってたのは、ヒップホップとかラップも聞いてたことだね。例えば、Joey Boyのファーストアルバムも聞いてた。何を歌ってるかわからなくて、何だ?この歌は?って思ってたけど、でもテープを買ってきて聞いてたね。聞く音楽の方向性は少しずつ主流派からそうでないものに変わっていった。ヒップホップやラップから始まって、しばらくそういうのを聞いてたかな。そして、Joey Boyを聞き始めて、Khan-Tを聞くようになった。高校に入ってからは例えばSepiaとか当時のインディーズ音楽にはまっていったんだ。まだRSとかグラミーも聞いてたけど、だんだん聞く度合いは少なくなっていったね。第1回目のFat Festivalの頃になって、聞く歌の選択肢がぐんと広がったんだ。その頃はSmallroomがレーベルとしてできて、SepiaとかDajimなんかが活動してたね。だけど、僕ひとりだけで聞いてる感じだった。こういう音楽を知ってるクラスメートなんていなかったからね。だから、友達に聞かせて、同じものが好きな仲間を自分で探すしかなかったんだ。高校時代は、いろんなジャンルの曲を聞くようになったけど、海外のインディーズシーンのことはまだよく知らなかったな。特にどういうジャンルの曲を聞くとか考えてたわけではないし、何でも聞いたよ。今でも新しい曲を探しては聞いて、いろんな音楽を聞くように心がけてるかな。時代に沿って何でも聞いていってるね。

音楽をたくさん聞くようになった頃、テープやCDはどれぐらい買ってましたか?

    ほんの少しだったよ。お金がなかったからね。でもMP3を買ってた。世界が広がるから。第1回のFat Festivalに出演したバンドの曲を集めたのを持ってたな。名前は覚えてないけど(笑)。昔はほとんどがラジオを聞いてたんだよね。で、MP3を集めたCDが登場したときは嬉しかったな。ラジオでかかる曲が全部入ってるんだからね。しかもたった150バーツ。それでいろんな曲が聞けるんだからお得だよね。その頃聞いてたのは、Stylish NonsenseとかDeath of a Salesmanだね。でも最近になって、CDを見かけたら買うようになったよ。すごく好きな曲があったら買ってコレクションにしてるんだ。そうしなかったら、スマホの中のファイルしかないからね。そして好きな曲がいっぱいありすぎるから、覚えきれなくて簡単に忘れてしまうかもしれない。だから将来何かの役に立つかもしれないと思って買っておくようにしてるんだ。

海外のアーティストの曲を聞くようになったのはいつぐらいからですか?

    たぶん、同じぐらいの時期だったと思うよ。スモールルームができてから僕はコーネリアスを知った。House RCAでやったコンサートも見に行ったんだよ。驚いたし、何を演奏してるのかも全然わからなかった。それまで聞いたことがなかったのと、大音量すぎて、出てきても耳鳴りがしてたぐらいだったからね(笑)。そしてModerndogのアルバム『Love Me Love My Life』(2001年)が出た頃には、Radioheadもどきのバンドが出始めて、どんなバンドなんだって僕は不思議に思ったね。そして大学の頃にはThe Strokesが何だ、Gorillazが何だって言い始めて、テープを1本、2本と買うようになっていったんだ。で、台北に留学したときには、日本の曲を聞いた。日本の曲は台北ですごく流行ってて、テレビでもよくかかってたから。日本のヒップホップはすごくてね、その頃から日本の音楽に傾倒していったんだ。日本の音楽シーンっていうのは、いろんなものが混ざり合ってるんだ。タイだと、くっきりとジャンルを分けてるよね。レゲエならレゲエ、ロックならロックって具合に。だけど日本はジャンルを越えてヒップホップロックとかジャズレゲエみたいな感じで、いろいろと融合してる。それでこの地球にはまだまだいろんなものがあるなって実感したな。

    大学1年の頃は、Bua HimaとかFlureのファーストアルバムとか、タイのインディーズ音楽を聞いてたんだけど、4年生になって洋楽にのめりこんでいった。友達もたくさん聞いてたからね。The Libertinesを紹介してくれる友達がいたけど、僕は全然知らなかったり、フランツ・フェルディナンド(Franz Ferdinand)のファーストアルバムを聞いてる友達がいたから、僕もよくわからないままに聞いてみたり、あの頃の音楽シーンはよかったな。これを聞いてたら時代に敏感な人になれるとか、そういうものはまったくなくて、お互いに音楽を紹介しあって、交換しあって、好みに合わなかったらそのまま返してっていう感じで、それぞれがそれぞれの好みの曲を聞いてたんだ。今の時代の状況と似ているけれど、違ってるのは、みんながああだこうだ言うこともなかったし、リスナーの幅を限定するような必要性も感じなかったし、このイベントに行くのはこういう人たちだみたいに聞く人を型にはめることもなかったっていう点かな。

音楽ファンであると同時に映画ファンでもありますよね。それはどんなふうに関係しあっていますか?

    映画を見始めた頃は特に意識したことはなかったかな。ただ見てただけ。でも、後々になって『花様年華』(In the Mood for Love、2000年(日本公開2001年))みたいに音楽が主役の一人になってるような映画に出会うようになったんだ。僕が初めて買った映画音楽のCDはそれだったかもしれない。映画を見て1週間後にサウンドトラックを買いに行って聞いたんだ。それも海賊版のCDだったけど(笑)。VAN VDO(訳者注:ナワポンが監督した映画『ザ・マスター』にも登場する海賊版ビデオを扱う店)で買ったな。どこに行けば買えるか知らなかったしね。ちょうどVAN VDOには何でもそろってた。それまではメロディーだけの曲を聞くのがどんな感じかもわからなかったし、歌詞がなくて音楽だけの曲がどういうものかもわからなかった。でも映画を見に行ってエンディングを迎えたときに、音楽がまだ頭に残っていて、口ずさむことができるってことに気づいた。映画のシーンも一緒に浮かんできたしね。それで音楽も重要な要素だって気づいたんだ。たぶんウォン・カーウァイ(Wong Kar-wai)もたくさん曲を聞いてるんだと思う。だから選曲のセンスがすごくいい。彼の映画音楽は映画そのものと同じぐらい目立ってるよね。そして彼の作品には音楽がなくてはならない存在になってる。映画そのものはそんなにたくさんストーリーがあるわけではなくて、ビジュアルとサウンドがそろって初めて完成するんだ。

    2000年以降はこういう類いの映画をよく見るようになっていった。『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)を見たときは、あわててその曲を探して聞いたんだけれど、その頃はいい映画音楽がたくさんあるって感じてた。その時代だったからこそ、音楽も映画もインディーズの時代で、それを作品に生かすことができたんだろうな。例えば、ウォン・カーウァイは『花様年華』の音楽にナット・キング・コール(Nat King Cole)の曲を使ってる。僕はナット・キング・コールなんて知らなかったけど聞いてみたらすごくよかった。だから、この歌手は他にどんな歌を歌ってるんだろうと調べた。そんなふうにして情報を探していった。そのおかげで僕はサウンドトラックから新しい音楽をたくさん知ることができたんだ。特に気に入った曲があったら、このミュージシャンはこういう曲を作るんだろうって想像する。その気に入った曲をしばらく聞いてるうちに、そのミュージシャンの作品をフォローするようになる。ほとんどの場合は映画から新人アーティストを知ることになるんだ。サウンドトラックを聞くのは、そのミュージシャンの曲を試聴しているような感じだね。よければそのミュージシャンをフォローしていく。

    その頃から映画のスコア盤をたくさん聞くようになっていったんだ。映画を見ると音楽の深みがわかるようになってきた。どこで音楽が流れるかについても、タイミング的なことなんかがわかってきた。以前は映画を見てて音楽が流れてきても何もわからなかったけど、今は、この感情にはどうしてこの歌じゃなきゃいけないかってことがわかるようになってる。そして徐々に、どうしてこの楽器をここで使ったんだろうとか、なんでこうじゃないんだろうとか、考えるようになっていったね。

音楽のチョイスで特に気に入っている映画監督はいますか?

    ソフィア・コッポラ(Sofia Coppola)は音楽を選ぶのがうまいと思うし、クエンティン・タランティーノ(Quengin Tarantino)とかポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)、ウォン・カーウァイもうまいね。実は、トムさん(ペンエーク・ラタナルアン、Tom Pen-Ek Ratanaruang)も音楽選びがうまい。トムさんが選ぶ音楽はちょっと古いんだ。例えば、『ファン・バー・カラオケ』(Fun Bar Karaoke、1997年)ではYokee Playboyの曲を使うと知って、え?この曲?って思った。でも今見ても、それが正しいと思うな。だからトムさんはほんとに選ぶのがうまいと思う。

    もうひとり音楽を選ぶのがうまいのが、ジュイさん(アピチャートポン・ウィーラセータクン、Joe Apichatpong Weerasethakul)だね。音楽選びだけじゃなくて、それが映画の編集とか雰囲気とうまく反応しあうところがすごいんだ。『ブリスフリー・ユアーズ』(Blissfully Yours、2002年)を初めて劇場で見たとき、当時僕は大学1年でジュイさんの作品はフォローしてきてた。その頃『ブリスフリー・ユアーズ』は賞を取って、ノーカット版が劇場で上映されてたから見に行ったんだけれど、始まって30分してもオープニングタイトルが出てこない。そして突然、森の中を車で走るシーンになって、ナディア(ナディア・スッティクンパーニット、Nadia Suthikulpanich)の「ワーンチャム(甘ったるい)」が流れるんだ。なんだこれ?って思ったよ。びっくりしたしショックを受けた。こんなふうに森の中を車で走るときのシーンっていうのは、イメージ的にルークトゥンやカントリー音楽が合うものだって僕は思ってた。でもナディアの曲が流れるのを耳にしたときには「一体、何なんだ?これは?」って頭の中が疑問符でいっぱいになった(笑)。それですごいなって思ったんだ。映像と音楽がシーンに組み合わされて、見た人にある種の感覚を起こさせる。この絵は美しいな、この音楽はきれいだなっていうのに似てるけど、これは映画だからね。こういう曲をこんなところに入れると効果があるっていうのがわかった。新しい発見だったね。そしてナディアとかMr.Zの歌がこんなふうに映画音楽で使われると、また別の雰囲気になるなんて考えてみたこともなかったな。

    それ以降、短編映画を作る人で同じ手法を使う人が増えたけど、この手法のオリジナルはこの映画なんだよ。ジュイさんは失敗を顧みずにやったのかもしれないし、もしかすると何をどう配置したらぴったりと落ち着くかっていうジュイさんの直感のおかげかもしれない。僕が同じ立場でも、まだ他にやったことのある人がいなかったら、いいか悪いかもわからないだろうし、とにかくやってみるしかないと思うんだ。だから、これは正しい音楽の選び方で、それがジュイさんの独自性にもなってると思う。

映画のスコアの作曲家でお気に入りの人はいますか?

        今ここで誰かひとり挙げろって言われたら、ジョン・ブライオン(Jon Brion、代表作『マグノリア』(Magnolia、1999年)、『エターナル・サンシャイン』(Eternal Sunshine of the Spotless Mind、2004年)など)だな。独自性がはっきりとしてるし、いろんな映画のいろんな音楽を聞いてきたけど、この人の音楽は全部いいね。他の作曲家は作品次第かな。坂本龍一(代表作『戦場のメリークリスマス』(1983年)、『ラストエンペラー』(1987年)など)なんかも好きだし、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(Under the Skin、2013年)とか『メッセージ』(Arrival、2016年)のスコアを担当した作曲家たちもすごいと思うね。映画の雰囲気にぴったりの個性ある音楽だから。例えばこういう感じの曲を聞くと、その映画を思い出すとか、違う曲を聞いてるのにその映画を思い出すことさえある。個性がすごく強い、例えば『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』の音楽はほんとに個性が強くて、こんな音楽を作れる人は素晴らしいと思うね。

映画監督の立場から、脚本、監督、その他のいろいろなことを考えると思いますが、音楽についてはどのように考えていますか? 例えば、初の作品『36のシーン』では、どのように音楽を考えられたんですか。

    『36のシーン』(2012年)では、オーフことウティポン・リートラクーン(Wuttipong Leetrakul、バンド・Desktop Errorのギタリスト)を起用したんだ。普通、音楽を作るときは脚本や編集も併せて考えて進めていく。作っておいた曲を編集の段階で入れようとして、うまくいかなかったらその時点で曲を変えなきゃいけない。だからそうならないように、一緒に進めていくんだ。どんな曲をはめこむかだけじゃなくて、映画のペースがゆっくりなのか、速いのかってこととか、そのシーンがどんな雰囲気を求めているのかってことも考えなきゃいけない。例えば、『ハートアタック』(Heart Attack、2015年)のとき、一番探すのが大変だったのは、終わりのほうで主人公が猛烈に働くシーンの曲だったな。結局はプーミジット(Poomijit)の「ローポン...」(Waiting for results)って曲が見つかったけど、これが見つかるまでに本当に時間がかかった。他に見つかった曲は、残忍すぎたり、戦争チックすぎたり、荒々しいけどリズムが強烈なだけで感情がこもってなかったり、だからちょっとずつ探して、考えていって、どうしてかわからないけど、この曲にたどりついた。映画の中の映像に近かったから使ってみたらしっくりきたんだ。この曲は戦争っぽい感じなんだけど、垂直降下するような感じもあって、だからちょうどよかった。これは音楽をあとから考えるやり方だね。

    『ハートアタック』は、脚本を書いてたときにModerndogの「バーンシン」(何か)って曲が頭に浮かんでたんだ。聞いてるときはぴったり合う気がして、使えると思ってたんだけど、結局使えなかった。映画に入れてみたら合わなかったんだ。だから、脚本と一緒にできる曲もあるし、映画のペースに合わせて考える曲もある。『36のシーン』の話に戻ると、どうしてアコースティックギターじゃないといけなかったとか、どこから来たアイデアだったかとか、脚本が元だったのかどうかとか、すっかり忘れてしまってるけど、たぶん映画そのものが元になってたんだろうな。一次編集が終わった段階で使えそうな曲をはめこんでいったんだけど、ミュージシャンにこういう曲がほしいとかは伝えたりしてない。センスの近いミュージシャンを探して、あとはその人の手に任せてた感じだね。そんなふうに進めてるうちに、アコースティックギターがメインの曲になってたんだ

ウティポン・リートラクーン「スティル」(Still)



どうして『36のシーン』でオーフを起用したんですか。

    プアンソイ(プアンソイ・アクソーンサワーン、Puangsoi Aksornsawang)の短編映画『スイミング・プール』(Swimming pool、2011年)の音楽をオーフが作ったって聞いたことがあって、この人はセンスが近いなと思ったんだ。僕の記憶が間違ってなければ、実際にこの曲を『36のシーン』に入れてみたこともあった。ぴったりではなかったんだけど、センスが近いと思ったから、彼を起用することにしたんだ。ミュージシャンを決めたら、半分はその人のセンスをもとにすることになる。その部分は自分自身では修正ができないし、どう修正したらいいかもわからないからね。だからセンスが近い人を選ぶ必要がある。そうすれば修正とか追加も多くなくて済む。でも、センスの違う人を選んでしまうと、なかなかこれだっていうものができてこなくてイライラするし、この4つ目の音をちょっと変えてくれとか、ここのメロディーを調整してくれないかとか、細かく修正を指示するのはおかしな話だ。僕はミュージシャンではないし、そこまで細かく修正するのは無理だからね。

音楽担当者に曲についてブリーフィングをするとき、どんなふうに話すんですか?

    初期のころは、「そよそよと吹く風をイメージするような曲を作ってほしい」みたいな説明をしてたな(笑)。よくまあそんな形でブリーフィングしてたもんだと我ながら思うね。でも次第に僕自身も、この部分の雰囲気が明るすぎるのは音が高いからだとかいうことがわかるようになってきて、どこを直してほしいって具体的に指示できるようになったし、どんなふうにブリーフィングしたらより自分の望む形になるのかがわかってきた。『マリー・イズ・ハッピー』(Mary is Happy, Mary is Happy、2013年)のときはよりはっきりとブリーフィングしたな。ジューンさん(バンド・Bear Gardenのソームシリ・セーンケーオ(Somsiri Sangkaew))に音楽を依頼したんだけれど、ジューンさんを選んだのはセンスが僕の求めているものにすごく近かったからなんだ。ジューンさんの曲は子どもらしさがあって、ちょうど女の子がメインのストーリーだったし、ジューンさんは自分自身の曲の作り方を持ってるから、「あんまり上手じゃないミリタリーバンドの曲みたいなものを作ってほしい」ってブリーフィングしたんだ。ジューンさんは、映画で求めている雰囲気に合うように、演奏しては止まり、止まっては演奏してみたり、音程をずらして演奏したり、いろんな方法を駆使してくれた。映画の前半の雰囲気はそんな感じだけど、後半は真剣に演奏した曲になる。そこで僕は金管楽器を入れたくなって、ドラムとギターと金管楽器の3つをメインにしてほしいって伝えたんだ。楽器によって作られる雰囲気が変わってくる、つまりどんな楽器を選ぶかによって雰囲気が違うってわかってきてたからね。他の人の映画を見に行ったときも、どうしてこういう音楽を使ってるのかって考える。そして、これこれの理由だって気づくと、それによってまた自分の知識が広がる。次の作品を作るときには、もっといい形でブリーフィングができるようになってる。少なくとも、楽器の指定はできるようになってるわけだ(笑)。最近の『ダイ・トゥモロー』(Die Tomorrow、2017年)のときは、僕の好みの音楽は起伏がはっきりした音楽だってわかるぐらいまでになってた。僕の映画自体、起伏が激しいものだからね。音楽担当者がうまく演奏できないときは、僕がそれをああだこうだって調整できるようになってた。そしてなんでそれができるのかって気づいたんだ。いろんな感情が入り混じる感じなんだよね。だから他の仕事でも、ブリーフィングのときには、徐々に気持ちが高まっていくだけじゃなくて、下がる部分も入れて起伏があるようにしてほしいって伝えるようになったね。 

『マリー・イズ・ハッピー』では、「リツイートされるマリー(Mary, Retweeted)」というプロジェクトを立ち上げて、いろんなミュージシャンに曲を作ってもらっていましたが、これはどこから出てきたアイデアなんですか?

    この映画はマリーのツイートの内容を元にしたものなんだけど、そのコンセプトに合わせて思いついたんだ。ツイートを元にして音楽を作ったらどうなるんだろう?ってね。すごく単純なアイデアだよね。ミュージシャンたちに依頼するときに心配だったのは、本当にやってくれるのかってことだった。いろんなバンドに依頼した内容は、ツイッターアカウント、マリー・マロニー(@marylony)の410のツイートからどれかひとつを選んで曲を作る、ただし曲のタイトルはそのツイートにしなきゃいけないという内容だった。そしたら僕が依頼したミュージシャンたちはしっかりやってくれたんだ。例えばPlotっていうバンドは、お前、これどうやってできたんだって感じなんだけど(笑)、真っ先に仕上げて送ってきた。これがまたきれいな曲なんだ。Plastic PlasticとPart Time Musiciansもちゃんとやってくれた。プロジェクトとしてはすごく楽しかったし、予算がもっと早く決まってたら10バンドぐらいでやりたかったね。あのときは3バンドでしかできなかったけど。とにかく楽しかった。

「マイミー・アライ・マイ・ローク トゥクヤーン・メン・ゴー・ガオ・モット」(新しいものなんて何もない すべて古びたものばかり)


『ザ・マスター』(The Master(2014年))はドキュメンタリー映画ですが、音楽はどのようになさったんですか?

    これも大変だったよ。人の語りを中心に進んでいく映画だったから、映像的には弱々しい感じで、音楽が不可欠だった。劇場全体が眠りに落ちてしまう可能性があったからね。この映画をミステリー風にすると決めてから、ある程度感情をそそるような曲が必要だなと思った。自然とスリルを感じさせるような曲がね。そこで僕はムードだけをブリーフィングして、あとは音楽担当者、ピザさん(チャイバンディット・プートポンサップ、Chaibandit Peuchponsub)とシラパコーン大学の学生さんたちに任せた。それからバンド・Summer dressのテン(シワナット・ブンシーポーンチャイ、Siwanut Boonsripornchai)も手伝ってくれた。曲がものすごく多くて長かったからね。だから、この部分はこんなムードの曲にしてほしい、ここは速い曲、ここはゆっくりって感じのブリーフィングしかできなかった。セリフが長くて10分を超えるようなシーンもあった。ブリーフィングが終わったらみんなにそれぞれ作ってもらって、できたものをシーンにはめこんで、それを見てみた。繰り返して音楽がかかる中、音楽を変える必要があるのはどこかを見ていった。リラックスした曲と出演者の話している内容が観客の感情を高められる部分はどこか、例えば、トムさん(ペンエーク・ラタナルアン)が「で、あなたはどう思いますか?」と問いかける場面では、観客自身に頭の中でその問いを立ててほしかった。でも、もし音楽がそのまま流れ続けてたら、何も起きないと思う。話し手の話が止まるのに合わせて音楽も止めることで、僕らの伝えたいメッセージが生きてくる。音楽がその手助けをしてくれるってわけだね。それで、僕らはどの部分がそんなふうにできるか見ていった。あるいは、このパートはここで終わって次のパートにつながっていくところだから、この部分はもっとテンポが速くないといけない、終わりのほうをもっと速めて次のパートに入りやすくしてくれないかとか。この作品での仕事のやりかたはそんな感じだったね。僕が音の上がり下がりがわかるようになってきたっていうのも、この作品を作ってた頃のことだよ。長時間座ってやってたし、ほんとに多かったからね。簡単そうだけど、すごく多いんだよ。映像を見て音を聞いて、そしてどの部分をどう変えるか指示していく。じっと座って、この小節をこんなふうにしてほしいとか、音を高くしてほしいとか低くしてほしいとか説明する。そうすると彼らはそれに合わせて調整してくれる。音を高くしたり、低くしたり、高低を入れ替えたり、ちょっとずつやってくれた。シラパコーン大学の学生らしく、「こういう音符のところにこんな音符を加えたらこんな感じになって…」と説明してくれる。僕自身は説明を聞いてもあまりわからないんだけど、でもそれが結果に表れてくるんだ。ビートを速くするとこんなふうに感じるとか、ゆっくりしたビートならこうだとか、この作品の制作のおかげで知識を得たようなもんだね。ピザさんは彼らの先生だから、自分の学生たちに手伝わせているんだけど、おかげで僕も彼らと一緒に勉強させてもらったような感じだったね。


『ザ・マスター』(オフィシャル・トレーラー)


『ハートアタック』のような規模の大きい作品の制作のときは、音楽についてどのようにプランニングされたんですか?

    『ハートアタック』のときは、音楽の方向性を見つけるのにとても時間がかかったんだよね。ああでもないこうでもないと考えてた。そして、どうしてかはわからないけど、ドラムだって思ったんだ。ただひとつ失敗だったのは、『ハートアタック』の前に公開された『バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(Birdman or The Unexpected Virtue of Ignorance、2014年)と『セッション』(Whiplash、2014年)とかぶってしまったことだね。ドラムを使うか使わないほうがいいか決心しなきゃいけないほどだったんだよ。『マリー・イズ・ハッピー』のときから僕はドラムの感じが気に入ってたんだ。僕自身がドラムをやるからかもしれないけどね。『マリー~』のときもドラムだってピンときて、実際に使った。『ザ・マスター』のときもちょっとジャズっぽくドラムを使った。打楽器の感じが気に入ってたんだろうな。で、『ハートアタック』のときも、ほんとにたくさんの音楽を探して集めてきたけど、どれを試してみてもしっくりいかなかったんだ。だからドラムの音はどうかって検討してみることになった。もしかしたら個人的な好みのせいかもしれないけど、映画に一番合うのはドラムだって気がしてた。映像に音楽を入れてみた頃にちょうど、『バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』と『セッション』が封切られたんだけれど、どっちの作品にもドラムが使われてたんだよ。で、どうしたらいいか考えたんだ。上映時期がその2作品とすごく近かったし、他の音楽を探してみた。バンド・Plotの曲が思い浮かんで、合うかな、いけるかなと思いながら試してみたけど、うまくいかなかった。だからドラムでいくしかなかったんだ。この映画だったらドラムはこんな感じだろうと考えて、ノーンさん(バンド・The Photo Sticker Machineのウィチャヤ・ワタナサップ、Wichaya Vatanasapt)が作ってくれた。実際のところ、映画の前半だけなんだ。後半には2作品と似たドラムは出てこないからね。まったく別のフォーマットになる。映画の幕進行に合わせて変わっていく感じだね。でも、もし観客がドラムのことが気になったとしたらどうしようもない。自分でも減点だなと思った。出遅れてしまったからね。どうにもならない。もしも、『バードマン~』と『セッション』の上映が次の年だったら、パクったなんて言われることもなかっただろうね。でも見てくれた人が僕の映画の音楽を聞いて、その2作品のことを思い浮かべたとしたら、素直に自分の落ち度を認めるしかない。代わりになるものを見つけることができなかったんだからね。時間と能力の制約上、それでいく以外になかったんだ。

映画のプロモーションに使ったPart Time Musiciansの「Vacation Time」はトゥーさんが選んだんですか?

        映画のプロデューサーのワンさん(ワンルディー・ポンシッティサック、Vanridee Pongsittisak)が選んだんだ。僕は映画の編集をしていて、ワンさんはプロモーション曲を考えなきゃいけなかった。実際のところは、ガイ(ナタポン・ブンプラコープ、Nattapon Boonprakob)が「この曲はどうですか?」ってワンさんに提案したみたいだけどね。映画が編集の段階になると、プロモーションに使う曲を決めなきゃいけない。決め方としては、ゲンさん(ジラ・マリクン、Jira Maligool)とワンさんが僕たち若手に何かいい曲はないかって聞いてくるのが普通だね。で、今回はガイに聞いたんだろう。選択肢の中にPart Time Musiciansの曲があったんだ。たぶん知り合いだから、その曲を紹介したとかなんだろうな。ワンさんがこの曲を提案してきたから、僕はなんでワンさんがこんな曲を知ってるんだ?って不思議に思って聞いたんだ。そしたらガイが提案してきたってことだった。そして、映画に合ってると思うぞっていう意見だったんだよね。僕自身、特に何も問題はないし、まあ合うんじゃないかって思った。ワンさんはちゃんとしたコンセプトがあって提案してきてたしね。ヒット曲を選んできたってわけじゃなくて、映画の中で主人公が医者に診てもらいに行くのも、休息時間(バケーション・タイム)みたいなものだっていう点で、曲と映画が共通してたんだ。聞いてみても特に問題はなかったし、映画に合ってるって思った。そして、ウィー(ヴィオレット・ウォーティア、Vee Violette Wautier)とスタンプ(アピワット・ウアターウォーンスック、Stamp Apiwat Eurthavornsuk)に歌ってもらって、歌詞も英語の歌詞からタイ語の歌詞に変えることになった。そのときには、いい感じになってたね。

『ハートアタック』には他にもたくさんの曲が使われていますが、それらの曲を選んだのは何か理由がありますか?

    ナパット・サニットウォン・ナ・アユタヤー(Napat Snidvongs)の曲があるけど、これは最初から考えてたものではなかったな。でも正直に言って、選んだ理由はごくシンプルで、僕の好みの曲だから選んだんだ。みんな同じように自分の好みがある。すごく好きだから使ったっていうわけだ。僕はBear Gardenが大好きで、映画を作るときは曲リストが頭の中にあって、その中にBear Gardenの曲も常に入ってる。その中に映画にマッチする曲があれば使うんだ。ナパットの曲も僕はよく聞いてたけど、最初は頭には浮かんでなかった。僕は新年のシーンが気に入ってて、そこに使った「ワン・マイ」(New Day)って曲もすごく好きなんだよね。この曲はアルバムには入ってない。たぶん、新年に個人的に作った曲だったんだろうね。それがちょうど『ハートアタック』を作った年の正月にリリースされて、僕は何回も繰り返して聞いてた。で、『ハートアタック』の新年のシーンにこの曲を使ってみたんだ。そしたらぴったりマッチした。主人公が孤独にうちひしがれるシーンもナパットの別の曲がぴったりだった。そして、他の曲も同じように好みに合うものを探してみたっていうわけ。

ナパット・サニットウォン「ワン・マイ」

    次は「ウェラーニー」(Now)、この曲もナパットの曲でよく聞いてた。もう一曲は「ドゥアン・アーティット」(Sol)、こっちはあまり聞いたことがなかった。だけど、じっくり聞いてみて、この曲をエンディングに使わない手はないって思った。なんでそう思ったかはわからないけどね。編集が映画のエンディングのところまできて、他に考えてた曲があったかどうかも忘れてしまったけど、この曲しかないって思った。それで映像に合わせてみたらほんとにぴったりだった。ちょうど太陽を眺めるシーンがあるけど、女医の先生は主人公にとって太陽みたいな存在だなとも思った。まさにうってつけの曲だったんだ。こんなふうにいい曲に出会えるとすごく幸せな気分になる。まるで、運命の相手に出会ったみたいな感じなんだ。ナパットもきっと何かに出会って曲を作った。僕は僕で自分の映画を作ってる。その音楽を映画と合わせるとほんとにしっくりきた。もうひとつ、幸せな気分になれたのは、カッティング作業が終わって、どんな音楽がいいか考えたときに、この曲にしようと思ったらぴったりでリズムもばっちり、偶然とは思えないぐらいにマッチしてたってことだ。だから音楽を入れる作業は楽しいんだよね。一方で挑戦的でもある。このシーンにはなんとしてでもこんな感じの曲を選ばなきゃいけない、ぴったりの曲を見つけなきゃいけないって感じでね。だから持ってる曲のプレイリストを作ってマッチングするようになった。短編映像『サンキュー・フォー・シェアリング』(Thank you for sharing)(訳者注:通信会社dtacがインターネット利用に関する啓発目的で作成した短編映像)のときは、アルバム『Smallroom 003』に入ってたニール・アンド・イライザ(Neil & Iraiza)の「Fez」を見つけて使ったし、Central Embassy(訳者注:タイの大手企業セントラルグループが所有するデパートのひとつ)の仕事ではharuka nakamuraの曲を使った。僕の好きな曲だからね。

haruka nakamura「Arne」


『ダイ・トゥモロー』では、どうしてPlastic Plasticを起用したんでしょうか?そして、どうしてピアノ演奏曲にしたんですか?

    このときもどんな曲にしたらいいかわからなかったね。難航してたんだ。音楽はなくてもいいんじゃないかって思ったほどだった。でも音楽がなかったら静寂すぎるなって思った。それがはっきりしたのは、トゥイ(ジャリンポーン・ジュンキアット、Toey Jarinporn Joonkiat)のシーンで音楽があるバージョンとないバージョンを比べてみることになってみたんだけど、まったく別の映画みたいになったからだった。編集のときに、音楽が多すぎるんじゃないか、音楽なしにしてみたらどうだろうって感じで試してみた。そうするとメッセージからしてまるで違ったものになってしまったんだ。で、音楽はやっぱり必要。あって正解ってことになった。それで、しばらくどんな曲がいいか考えたんだけど、最終的にぴったりだったのは、ドビュッシー(Claude Debussy)のクラシックだった。入れてみたらマッチする感じで、なんでこのシーンに合うのかって考えてみると、日常に関する内容の映画を作るときは、音楽も普通の感じのものじゃないといけないんだよね。他の曲を入れてみても合わない。だから音楽をちょっとずつ控えめにしてみる。そうやって気づいたのは、普通のラインを超えてしまうものは、どれも控えめのほうがいいって感じてしまうっていうことだった。そして、この映画では徐々に盛り上げていくような曲は使えないってことがわかった。本当に平凡な日常のことを映画にしているわけだからね。音楽は存在してるけど存在してないようなものじゃないといけない。ただ雰囲気的に存在するものとして使うってことだね。で、クラシックを入れてみたら、ホテルのBGMみたいで、ホテルの中を歩いているとき、音楽なんて流れてないような気がするけど、実際には流れている、そんな感じがするって言った人間がいたんだ。で、僕も考えてみたけど、そのとおりだった。映画の流れにも合うし、正解だと思った。だからプレーン(Plastic Plasticのトンター・ジッディー、Tongta Jitdee)にブリーフィングするときにもそういうふうに伝えたんだ。彼女には、ホテルでピアノを弾いていて、下のほうで何かが起きているのが見えるんだけれど、止めずに引き続ける感じでって説明した。アイデア的には、神様が下界の人間を空から見てるような感じだね。それがこの映画にぴったりだった。なぜかって言うと、この映画は、まず人に注目する内容の映画だし、そして、平凡な日常の話だからだ。盛り上がったり盛り下がったりすることもないし、ドラマチックなことも起きない。だからこういう音楽が適当なんだって思ったし、こうじゃなきゃいけないって思った。

    プレーンを選んだのは、彼女はクラシックピアノが弾けるミュージシャンで、彼女ならできると思ったからだ。それにPlastic Plasticのポップな感じの曲を使いたかったんだ。だから、プレーンにしよう、プレーンとポン(ポックポン・ジッディー、Pokpong Jitdee)だったら協力してやってくれるだろうってことになった。そして彼女にドビュッシーの演奏方法をじっくり見るように言ったんだ。こんな感じの流れるような曲の場合、細かく具体的にブリーフィングするのは無理で、僕が求めている音楽を自分で聞いて自分で考えてもらうっていう方法をとった。そして彼女がドビュッシーの演奏方法をじっくり研究して作ってきた曲は、ごく普通の曲に見えるけれど、中身はとても深みのある曲になっていて、映画にぴったりだった。つまり成功だったというわけだ。トゥイのシーンなんかも、何もないけれどそれでいて何かが潜んでいるような曲になっていた。音をどんなふうに変えているのかわからないけど、ちょっと変えただけで、全体の印象ががらっと変わるんだ。だから正解だったと思ったね。でも、かなり修正もしてもらったけどね。最初は、彼女たちのポップな感じを抑えてもらわなきゃいけなかった。最初に作ってきてくれたバージョンは、スタジオジブリの音楽を手がける日本人作曲家、久石譲の曲みたいで、僕はびっくりしたし、メロディアスなピアノ曲ですぐに気に入った。でもこの映画に関しては、ストップをかけてカットするしかなかった。気に入りはしたんだけれど、映画には合わなかったからだ。ミュージシャンがどう思うかなんておかまいなしに(笑)、スパッとカットした。この映画を見た人がホテルのBGMみたいだって感じるぐらいにね。観客にとっては、何のための音楽なんだ?普通すぎやしないか?って思うかもしれない。でも僕にとって、そしてこの映画にとってはそれが正しい選択だった。

    この映画の制作現場も、戦場みたいだった。術がわかってたからかもしれないな。術がわかってくると、音楽でいろんなことができるようになる。楽しかったよ。でも、修正するとなるとすごく大変だった。彼女は曲全体を一から作り直さなきゃいけないほどだったね。何がよくないかうまく言えないけど、もうちょととゆっくりじゃないといけないって気がするんだ、やってみてもらってもいい?って感じで指示されるんだからね(笑)。

    『ダイ・トゥモロー』は、音楽が流れる最初のシーンからして難しかった。お手伝いさんが部屋に入ってきて掃除をするシーンのどこで音楽を流すか。難しかったのは、この映画が普通の映画と違うってところだった。普通の映画だったら広角の映像から何かに焦点を当てたときに音楽が流れる。そうすると見ている側はその意味がわかる。例えば、このシーンなら、まず広角でお手伝いさんが部屋に入ってきたところが映る。手に『クーサーン・クーソム』(タイの雑誌)を持ってね。そして『クーサーン・クーソム』がフォーカスされたところで曲が流れる。そうすると見ている人はその意味が伝わるってわけ。通じるんだね。だけど、この映画は何かをフォーカスして撮ることはせずに、広角でずっと撮るって決めた。だからどのタイミングで曲を流すかがすごく難しかった。もし雑誌のところで流したら観客は音楽に気づくよね?でも、それがどんな意味かわかるだろうか?ってね。これは説明も難しいんだけれど、結局、このシーンは最後の最後まで修正を繰り返すことになった。早すぎたり、遅すぎたり、秒単位の違いなんだけれど、僕には早くしても遅くしても何かが違うって感じられた。ということは流すタイミングはここではないってことなんだよね。で、雑誌が出てくるシーンのあとはしばらく何もないんだけど、机の上の物を片付ける次のシーンで曲を流してみたら、ここだ!ってことになった。雑誌を片付けるところは強調しないでそのあとで音楽が流れる。それがドラマチックなんだよ。片付けて机を拭く。それこそがまさに伝えたいことだった。なぜなら雑誌そのものには特に意味はなく、ただ消えていくだけで、すべてをすっきりと片付けてしまうっていうことこそが強調したいことだったからだ。でもこれは映画を作る側の人間が思ってるだけのことで、見る側の人間は何も気づかないかもしれないけどね(笑)。作る側の人間の視点で言うと、なぜここで音楽が流れるかっていうのは、自分にとってのつじつまを合わせるためなんだ。見る側の人が気づかなくてもいいんだけど、僕には僕なりの伝え方があるからね。なんでここで音楽を流すか、そっちだといけないのはどうしてか。そして、机の上をきれいにしたときが一番いいタイミングだってことになったときに、音楽がかかるのが早すぎるって気づいて、ドラフトを完成させる前に音楽も別バージョンにしたかった。それで僕はプレーンに、ここでいいんだけど、少しずつかかるようにしてくれないかって頼んだ。最初のうちは、ファイルを送りあって修正作業をしてたんだけど、一箇所修正するたびに5〜6時間空く。だんだんそれが我慢できなくなって、彼女に荷物を持ってこさせて、サウンド室で一緒に作業をすることにした。何度も送り直しをしているとわけがわからなくなるからね(笑)。その作業はとても面白かったよ。プレーンはミキシングルームのこんなふうに大きなスクリーンがあるところで曲の編集をすることになるなんて、きっと想像もしなかったと思うよ。

脚本を書くときは、音楽をかけながら書かれると聞きました。『ハートアタック』の制作のときもエイミー・マン(Aimee Man)の曲をかけていたっておっしゃいましたよね。脚本を書くときにかける音楽を選ぶ基準というのはあるんでしょうか?

    脚本を書くときのムードにもよるね。脚本は文字だけだ。でも書くときは頭の中にある像を意識してなきゃいけない。音楽まで意識できたらよりいい。だから、イメージに近い音楽があったら脚本を書くときにもかけてるね。脚本を書くのはある程度精神力を使う作業だ。目の前にはなにもないからね。ただひたすら書いてこれでいいかを自問自答することの繰り返し。できあがった映像を頭の中で想像しなきゃいけない。そして音楽というのは、自分の頭の中にあるものが正解かどうか気づかせてくれる要素のひとつなんだ。この映画はこういうムードだから、そこから外れるなよって感じでね。脚本を書くときは出口が見えなくなってしまうことが常にある。集中力が欠けていると、重要じゃない外部的なものにこだわってしまうことになる。脚本を書くときは毎回、この映画はこういうテンポなんだぞって自分でしっかりチェックして、それを超えないようにしなきゃいけない。それを間違えると失敗してしまうかもしれないからね。だけどそのことを忘れてしまうこともある。だから、ムードが似ている音楽をかけて忘れないようにするんだ。最終的にその音楽は映画の中で使わないかもしれない。『ダイ・トゥモロー』の脚本を書いてたときは、バンド・Pruのアルバム『Zero』をずっとかけてた。映画のテンポとある種共通するものを感じたからね。でも、Pruの曲は作品中では使ってなくて、トレーラーに使っただけだった。

『ダイ・トゥモロー』インターナショナル・トレーラー



    それぞれの映画には、脚本執筆時に聞いてた曲がある。『ハートアタック』の後半の脚本を書いてたときはエイミー・マンの曲だった。この曲が映画のムードを導いてくれたんだ。ある種、精神力の仕事とも言える(笑)。ぼんやりと浮かぶ映像との戦いだ。この種の仕事をするには、精神をある程度鍛えておかないといけないと思うな。雑念が入ったり、考え事をしたりしてると、仕事にならない。例えば、広告の脚本を書いていて、今日は終わらないから明日また続きをしようと考えたとする。そうやって一度手を止めたら、次に再開するときは、手を止めたところまでの再読み込みから始まるのと同じ感じと言ったらわかるかな。特に長編映画の場合は、すさまじい精神力が必要になる。誰かにコメントをもらいたくて脚本を送って見てもらうことがあるけれど、戻ってくるまでに1ヶ月ぐらい、ときにはそれ以上かかることもある。それだけ間が空くと、再開するときには、もう一度音楽を聞きなおして、この映画のムードはどんなだったかって、一から思い返さなきゃいけなくなる。いろんな情報を再読み込みするみたいにね。映画の登場人物の世界にもう一度戻っていかなきゃいけないんだ。その世界にいなかったら、この登場人物がこんな出来事に出会ったらどうするかっていうのが思い浮かばなくなってしまう。例えば、ある登場人物を考えるとする。性格はこうだとか、これまで何をやってきたとか、すべてを考えておかなきゃいけない。そうしておくことで、そこから先のシーンに出てくるいろいろな状況で、この登場人物がその状況どうからんでいくかっていうことがわかるんだ。例えて言うなら、よく知っているある友達がいて、こいつがあいつに出会ったらこんなふうに話しかけるにちがいないみたいな感じかな。でも映画の登場人物っていうのは、現実世界にいる友達とは違って具体像がない。だから、これだっていうキャスティングができたときっていうのは、ずっと頭の中だけで会話をしてきたすごくよく知ってる友達についに会えたみたいな気分になるんだ。こういうのがすごく楽しくてね。ずっと空想の世界で一緒だった友達が突然、姿をともなって現れる。自分が作り上げた人物なんだよ。サニー(サニー・スワンメーターノン、Sunny Suwanmethanon)が僕が作った登場人物として目の前に現れたときみたいにね。面白いよ。

今でもリラックスするために映画音楽を聞くことはありますか?

    たまに聞くかな。他の曲ほどではないかもしれないけどね。僕が聞く音楽の30〜40%ぐらいかな。サウンドトラックを聞くときは、アルバム全体を聞くことが多いね。あるムードを思い起こしてから聞くみたいな感じかな。サウンドトラックアルバムって、それ自体の特殊性がちょっとあるよね。映画からくる特殊性かもしれないし、音楽と映像の両方からくるものかもしれない。かなり特殊だ。スコア盤は仕事のときに聞くかな。あとになって気づいたことなんだけど、静かすぎると逆に雑念が入ってくる。だからBGMが必要なんだ。しっかり聞いてないんだけれど、でもないと困る。なかったら集中力が途切れてしまうからね。ずっと流しっぱなしにしておくんだ。邪魔が入ることもない。最近は、『ダイ・トゥモロー』の音楽を聞いてるよ(笑)。今でもプレーンに聞けるよってメッセージを送ってる。聞けるっていうのは、音楽だけでも聞けるって意味でね。そして、いいなって思う。自分が監督した映画だからかもしれないけど、聞いたら映画を思い浮かべてしまうから、今までは聞いてみたことがなかったんだ。でも、このアルバムはいいなって思うから、これだけでも聞いていられる。

ナワポンがよく聞く5枚のサウンドトラックアルバム

『花様年華』

    『花様年華』のサントラアルバムはVan VDOで買ったな(笑)。でもこれは日本版のアルバムなんだ。違法コピー版を買ってしまったことへの償いのつもりで買ったものだ。中古ショップで買ったんだけどね(笑)。このアルバムのおかげでサウンドトラックの価値がわかったんだ。とても個性的だしね。これ以降、サウンドトラックも聞けるじゃないか!って気づいたね(笑)。

『マグノリア』

    よく聞くアルバムだね。いろんな曲が気に入ってる。僕が作る映画はこの映画みたいなムードがどこかにあるね。憂鬱な感じだけど、希望があるみたいな。僕が言った、起伏がはっきりした音楽ってやつだ。このアルバムに入ってる、エイミー・マンの「Save Me, Wise Up」とか「One」なんかは憂鬱な感じで始まって、最後には希望が混じる。何も思いつかないときはこのアルバムをかけるんだ。そうするとアイデアが浮かんでくるから(笑)。いろんな曲が聞けるしね。

『藍色夏恋』

    『藍色夏恋』(Blue Gate Crossing、2002年)だね。これは日本版のアルバム。Van VDOで買ったアルバムもあるけどそれは中国版。日本へ行ったときにこのアルバムを見つけて、「わあ、これは買うしかない!」って思った。中国版に入ってる曲以外に、日本のバンドが書き下ろした曲も入ってる。もともとこの映画に使われた曲そのものが好きで、どれもきれいだし、ほんとによく聞くアルバムなんだよね。今でも曲がかかって数秒もしないうちに、映画のシーンが頭に浮かんでくるよ。このアルバムの曲を使った映画があったら、僕にはすぐにわかる。「映画が公開されてから何年も経ってるのに、まだこの曲を使ってるのか」ってね(笑)。そして、僕自身、こういうムードの映画を作るのが好きなんだろうな。こんな感じの登場人物がいる映画が好きなんだよね。

『マリー・アントワネット』

     ソフィア・コッポラの映画『マリー・アントワネット』(2006年)の曲、僕はこのアルバムは、ソフィア・コッポラの音楽センスを表したアルバムだと思う。映画自体も好きだね。彼女の映画の中で一番好きかな。この映画で使われてる曲は、まず、曲として聞いただけでも、彼女はセンスがいいってことがわかる。2枚組なんだけど、いい曲ばっかりなんだ。そして二番目に、彼女は普段からこういう曲を聞いてるんだと思う。そして時代物の映画を作ることになって、自分自身が聞いてる曲を使ってみたら、すごくいい効果を生んだってわけ。ジュイさんがナディアの曲を使ったのと同じかもな(笑)。フランスの宮廷にThe Strokesの曲を持ち込んだんだからね。

『花とアリス』

    岩井俊二監督のアルバム。『花とアリス』の話は好きだね。音楽のセンスもいい。映画も作って、その音楽も自分で演奏してる。そして彼はサントラアルバムを作るのが好きじゃないんだ。場合によっては、彼の音楽は短編映画の中に使われてて、とてもよかったりするんだけど、アルバムとしてリリースしないんだ。聞きたかったら映画を見るしかない(笑)。この人は才能があると思うね。映像と音楽を同時に作れる人だ。ソフィア・コッポラが音楽を選ぶのがうまいとしたら、彼は音楽を作るのがうまい。何度演奏してもやわらかい感じなんだ。ポップな感じもあってね。正直言うと、この作品自体はそこまで好きってわけじゃないけど、役者選び、音楽の使い方、撮影のしかた、それぞれ別個に存在してるいろんなセンスが合わさって、すごくいいものになってるんだ。


ナワポン・タムロンラタナリットが自身の映画作品を映画祭に出品してきたテクニックについての記事は、雑誌happening「Go Inter」号でお読みいただけます。

Vip Buraphadeja

ハプニングの創立者、happening雑誌取締役編集長、バンコク・アート・アンド・カルチャー・センター(BACC)の取締役、作家、作曲家。音楽愛好家であり、読書家でもある。

Anirut Uawithya

フリーのライター、カメラマン。現在はチェンマイ県で親友たちと乾杯の毎日。